物語を書こう(ものがたりをかこう)(5)

かく
かず
かず

物もの語がたりを書かくときは、結末けつまつを考かんがえておくことも大切たいせつなんですか?

 お話はなしを作つくるときは、自じ分ぶんの作つくりたいお話はなしに似にた物もの語がたりを思おもいつき、どのような雰ふん囲い気きのお話はなしにするか考かんがえ、いつ、どこ、だれの出でてくる話はなしか設定せっていを考かんがえる必要ひつようがあると書かきました。

 たいだいどのような話はなしか思おもいついたら、実際じっさいに書かき出だしてもいいのですが、できれば、最さい後ごにどうなるのかという結末けつまつを考かんがえてから書かき出だすほうがいいと思おもいます。

「みくのふしぎなピアノ」では、海うみでおぼれますが、最さい後ごに、鯨くじらに助たすけられます。その鯨くじらは、自分がひいていたピアノだったという結末けつまつです。

「坂道さかみちをボールが転ころがる話はなし」では、最さい後ごに鯨くじらの潮しおに乗のって、元もとの山やまの上うえの家いえに帰かえってくるという結末けつまつでした。

 二ふたつの作品さくひんとも最初さいしょから結末けつまつを考かんがえて書かき出だしています。

 鯨くじらに助たすけられるという話はなしは似にていますが、助たすけられ方かたは違ちがいます。

「みくのふしぎなピアノ」では、書かき出だしで、「白しろいグランドピアノ」について書かいています。結末けつまつで白しろい鯨くじらに助たすけられるという結末けつまつに結むすびつけるためでしょう。

「坂道さかみちをボールが転ころがる話はなし」では、さっちゃんは山やまの上うえに住すんでいます。ボールが転ころがるという話はなしがあまり違い和わ感かんなく感かんじられるようにそうしています。

 当然とうぜん、二ふたつとも本当ほんとうはありえない話はなしです。ピアノが鯨くじらになることもありませんし、鯨くじらの潮しおに人ひとが乗のるなんてこともできません。でも、そんなことがあったら面白おもしろいだろうなと考かんがえて書かいています。

くじらのイラスト(イメージ)

 普ふ通つう、嘘うそをつくと叱しかられます。でも、お話はなしを作つくるときは、いくら嘘うそをついても誰だれも叱しかりません。それより上手じょうずに嘘うそをつくと読よんだ人ひとは、面白おもしろいなあと褒ほめてくれます。

 さあ、みなさんも、想像そうぞうの翼つばさを広ひろげてみてください。

(つづく)

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