求女塚(もとめづか)① 兵庫民話(ひょうごみんわ)

ものがたり
 

求女もとめ塚づかというお話はなしがあります。

 ペインターのNIROニロさんは、兵ひょう庫ご県けんに伝つたわる民みん話わや伝説でんせつなどをもとに絵えを描えがき、個こ展てんを開ひらいています。NIROニロさんの描えがいた絵えの元もとになったお話はなしをお伝つたえします。

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 むかし、むかし、摂津せっつの国くにの菟原うないに、一人ひとりのとても美うつくしい女おんなの人ひとが住すんでおりましたと。

 摂津せっつの国くにの菟原うないというのは、今いまの兵ひょう庫ご県けん芦あし屋や市しや神こう戸べ市しの辺あたりにあたります。

 月日つきひがたち、菟原うない処女おとめは、とても美うつくしくなるだけでなく、機はた織おりもとても上手じょうずになりました。

 たくさんの男おとこの人ひとが、この菟原うない処女おとめの顔かおを一ひと目めでもいいから見みたい、できれば結婚けっこんをしたいと思おもい、毎日まいにちのように訪おとずれていました。その中なかでも、この娘むすめと同おなじ摂津せっつの国くにに住すむ菟原うない男おのこという名な前まえの若者わかものと、和泉いずみの国くにに住すむ茅ち渟ぬという名な前まえの若者わかものは、熱心ねっしんに菟原うない処女おとめの家いえを訪たずね、結婚けっこんしたいと願ねがっていました。

 二人ふたりの若者わかものは、ともにとても立派りっぱな若者わかものでした。

 二人ふたりの若者わかものは、同おなじ年としでした。

 そのうえ、二人ふたりの若者わかものは、顔かお立だちも似にていて、まるでうりのようにそっくりでした。

 どちらもとても心こころのやさしい若者わかもので、きっと菟原うない処女おとめのことを幸しあわせにするだろうと思おもわれました。

 そのうちに、菟原うない処女おとめの両親りょうしんもこの二人ふたりの若者わかもののどちらかを婿むこにむかえるのがよいだろうと、考かんがえるようになりました。

 二人ふたりの若者わかものは、どちらも自じ分ぶんの方ほうが菟原うない処女おとめにふさわしいと考かんがえ、なんとしても菟原うばら処女おとめと結婚けっこんしたいと考かんがえて、それまでにも増まして、熱心ねっしんに家いえを訪たずねるようになりました。

 そのうち、この二人ふたりの若者わかものは、少すこしずつお互たがいを憎にくしみあうようになりました。このままほっておくと、いつか決闘けっとうを始はじめてしまうのではないかと思おもわれました。

このおはなしをもとに ニロさんがえがいた え

(つづく)

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